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ループ間のサイロ化
マイクロサービスは、モノリスに帰った
2023年、Amazon Prime Videoの監視サービスが、マイクロサービスを捨てて一枚岩の構成に戻し、コストを9割下げた。分散アーキテクチャの本場のような会社から、逆向きの事例が出たことになる。
マイクロサービスは一時もてはやされ、その後モノリスへの回帰が起きた。私の見立てはこうだ。マイクロサービスが必要な組織は限られていたのに、不要な組織までマイクロサービスにしてしまった。分割の技術は磨かれたが、その分割が必要かどうかの検証は、あまりされていなかった。
第一部、第二部では、法人を「ループの束」として組み替える話を書いてきた。作って確かめる一周をAIに委ね、ループの束ね方がコンウェイの法則の新しいミラー元になる、という話である。だとすると、同じ法則に従って、旧世界の病理も形を変えて再現するはずだ。その病理の名前はサイロである。部署と部署のあいだに壁ができて、情報が流れなくなる、あれだ。
読者は第一部、第二部と同じ、AIを組織に入れる側の人を想定している。ループの束は、どこから、どう傷むのか。
境界では、情報が変質する
ループとループのあいだは、artifact、つまり正本と完成定義と保留事項の引き渡しで繋ぐ、と第二部で書いた。実際に運用すると、この境界で情報が落ちることがある。
理由はAIの癖にある。生成AIは、長すぎる情報を渡すと勝手に要約する。足りない部分は、それらしく捏造する。エージェントからエージェントへ artifact を渡すたびに、非可逆な圧縮とノイズの混入が起きうる。ループの束の中では、伝言ゲームが機械速度で回っている。
旧世界のサイロは、情報が止まる病気だった。ループのサイロは、情報が変質する病気になる。壁ができるのを待つまでもなく、境界を通るたびに少しずつ劣化していく。
手当てはできる。要約を渡すのではなく正本への参照を渡す。artifact に必須項目を決めて、境界で検証する。私の作業環境もそうやって運用している。ただ、これは症状への手当てであって、病気の本体は別の場所にある。
サイロの正体は、壁ではなく乖離
第二部で、ループとは業務の中に作る小さな完全情報ゲームだと書いた。盤面がすべて見えていて、勝敗にあたる完成定義を機械が判定できる。ループはこの自分の完成定義に対して最適化し、AIは自分のゲームに勝ち続ける。問題は、勝ち続けながらズレていくことだ。ループ内の最適解は、隣のループとの整合からズレ、組織の目的からズレ、最後には組織が置かれた市場からズレていく。
第一部で、バックログは市場ではなく社内政治を通過した要求の在庫になりがちだ、と書いた。同じことがループの境界にも起きる。いまのループの切り方は、過去のある時点の分割判断のミラーであって、現在の市場のミラーではない。そして誤った前提は、次のループの入力として積み上がる。積み上がる速度は機械速度である。
第二部では、デジタル化された法人はリファクタリング可能だとも書いた。ただし、AIが組み替えられるのは実行の側だ。責任の器、人間の座席、すでに依存された完成定義は、機械速度では動かない。サイロは、この動かないものの周りに再結晶する。
整合を測るループは、作れるか
ここまで来ると、対策を一つ思いつく。ループ間の整合そのものを完成定義に持つループ、いわばメタループを作ればいい。整合の判定を機械化できるなら、それもまた完全情報ゲームになる。
ここで効いてくるのが、ゲームの経済規模である。2024年のチェス世界選手権の賞金総額は約250万ドルだった。一方、不完全情報ゲームであるポーカーの WSOP は、メインイベントだけで賞金総額が約9,400万ドルある。チェスはAIが人間に完勝して四半世紀になる、最も完成された完全情報ゲームだが、その頂点の経済は小さく、スポンサーありきで成り立っている。
一般化すると、こうなる。完全に閉じたゲームは、解かれた瞬間からコモディティ化していく。金を払う主体は、いつも盤の外にいる。業務を完全情報ゲーム化することは実行を安くするが、経済価値は盤外に残り続ける。第二部で、ループに分解しきれず束に残るのは責任の器と信頼だと書いた。金は、そこから来る。
メタループも同じだ。完全に閉じられるなら作ればいい。ただ、閉じられた整合判定は安くなっていく。本当に高いもの、つまり市場との整合は、盤の外にある。
永遠に解決しない命題
では、市場を取り込むループを作ればいいか。ここに、この連載でいちばん厄介な構造がある。
外部環境は不完全情報ゲームである。それを取り込むループの出力は、他のループにとってのルール変更になる。市場がズレたと分かれば、どこかの完成定義を書き換え、スキーマを変え、境界を引き直すことになるからだ。そして完全情報ゲームは、ルールが固定されているあいだだけ完全である。つまり、外を取り込むことは、すでに完全情報ゲーム化したループを壊すことと同じだ。
閉じれば市場から乖離する。開けば盤が壊れる。この命題は解決しない。完全情報ゲーム化が全部終わった法人、という状態は存在しない。
これは悲観ではなく、生き物の話に近い。生体は環境を取り込むために自分の秩序を壊し続け、壊しながら作り直す。その速度が保たれている状態を、生きていると呼ぶ。法人のデジタル化も同じで、完成度は「何割をループ化したか」という状態ではなく、「どれだけ速く盤を引き直せるか」という速度で測るものになる。
サイロとは、引き直しをやめたこと
ここまで来ると、サイロの定義を裏返せる。盤は、市場に触れているかぎり壊れ続けるのが正常である。サイロとは、壁ができることではない。盤の引き直しが止まることだ。
マイクロサービスの回帰も、こう読み直せる。分割は本来、組み替えの速度を上げるための投資だった。ところが境界そのものが固定資産になり、引き直しが止まり、分割のコストだけが残った。モノリスへの回帰は、引き直せる粒度への撤退だったのだと思う。
そして、人間の席の話になる。盤を引き直す仕事は、盤の上に乗らない。第一部で、出力の判定はいまはまだ人間が安い、と時点限定の留保を書いた。この連載を通して見えたのは、たぶんもっと強いことだ。個々のループの検証がどれだけ機械化されても、環境が動くかぎり、盤を壊して引き直す仕事は構造的に再生産される。人間の席が残るのは、AIが未熟だからではなく、解決しない命題の側に人間が座っているからである。
検証の配置から始めて、二つの座席を置き、最後に残ったのは、引き直し続ける席だった。命題が解決しないことは、この席が消えないことの言い換えでもある。